さとりのしょ#2注意!:書かれてあることは全て冗談です。信じてしまいそうな人はご遠慮ください。 人はなぜ生きるのか「人はなぜ生きるのか」という疑問に対し、「答えはない」などと考えて逃げるのは、嘘の答えしか思い浮かばないからです。しかし、これほど簡単な疑問に答えが出ないはずはありません。答えは簡単ですが、誰も認めたくない嫌な真実です。自分の存在価値すら否定できる覚悟がないと受け入れることは出来ません。どれだけ都合が悪くても冷静に真実を受け入れたとき、それが悟りの境地です。私にとっての悟りは真実追究なので、嘘であってはいけません。このホームページには、生きる元気が出るような美しい嘘を書くつもりはありません。むしろ逆に、真実を受け入れることが出来る人は、生きる元気を失うかも知れません。 お題の疑問に対して私は必ず、なぜそのような疑問を持つのか聞き返します(質問に質問を返します)。この疑問を持った理由を知ることこそが、答えに最も近づくことになるからです。仮説や意見ではなく科学的な事実として、人間に限らず動物は皆、無駄なことをしないように出来ています。確かに他の動物に比べると一見、人間は無駄なことを多くやっているように見えます。しかし、それは第三者から見た場合であり、その無駄なことをしている本人だけは、それは無駄ではないと思っているからこそやっているのです。本人が無駄だと感じてしまうと、やる気がなくなってしまうと言うことは経験的にもわかるはずです。また、無駄だと知ってもやめられない事情がある場合は、その事情こそが無駄ではない理由となります。いずれにしても、他人が理由なき行動をしているように見えているなら、それはその人に対する配慮不足です。よそから見て理解できなくても、本人は必ず自分で考えて、そうするべきだと判断してやっているのは真実なのです。自分から見て無駄な行為でも、他人がやっていることは無駄ではない理由が存在しているのです。 たとえ理由があってやっていることでも、生き延びるだけで精一杯の状況におかれた場合、生きるということの方が優先順位が上になり、全部やめてしまうでしょう。ギリギリの状況では、頭で考えた理由などなくなってしまい、本能的に必要なことしか出来なくなります。例えば強盗に拳銃を突きつけられたとき、人は生き延びようとすること以外に考える事が出来ません。このとき、強盗に撃たれて死ぬべきか、それとも生きるべきか、などと考える能力は失われ、どうやったら生き残れるかだけを考えるようになります。貧困や飢餓の状態だったり、怠けたら死ぬ状態では、とにかくどうやって生き残るかしか考えられません。人は生きる努力が必要な状況では、皆生きるために最大限の努力を払います。 しかしいざ、生きる努力をやめても生きることが出来る余裕の状態になると、その努力は無駄だと感じ、無駄は全て省略するように出来ているので、やる気がなくなります。努力をやめると言うケースも出てくるし、やめたくない人はそれが無駄でない理由を探すことでやる気を維持します。自分なりに努力する理由を持っている人は大丈夫ですが、時として、人はその理由を失い、生きるという根本的な行為にすら疑問を持ちます。そして「人はなぜ生きるのか」と問うことになります。 さて、お題に対する科学的な答えは既に出ています。実際のところ、生きる必要がなくなったからこそ、そんな疑問を持ったのです。自分は生きるべきでないという事実は認めたくないので、生きる必要があると自分をだまし、納得するために何か理由が必要になります。適当に理由を付けて何が何でも納得して生きようとするのが人間です。人はそういう仕組みの生き物だから生きるのです。シンプルに言い換えれば、生きようとするのが本能だから生きるのです。答えはこのたったの一行ですが、これをいきなり一行で言われても、夢がないので誰も納得は出来ません。ここでいう夢とは、生きる元気を出させる作り話の事です。ただの真実は誰も求めていないので、私はその答えをいきなり出すのをやめ、質問に質問を返したり例を出したりして、そのような疑問を持つのは生きる理由を失っているからだと言うことに、自ら気づかせようとします。 生きるための理由がちゃんとある人は疑問を持たないので、疑問を抱いているのは生きる理由を失った人ばかりです。そういう人ほど、本当は生きたいと強く思っていて、嘘でも良いから元気が出る言葉を待っています。しかし真実は元気をもたらしません。むしろ、嘘をつかなければ生きる理由すらないという事実を突きつけます。それを素直に受け止めることが出来る人はほとんどいません。受け止められないので、受け止めやすい嘘を求めてしまいますが、嘘はいつかバレた時にまた別の嘘が必要になります。だから、人は真実という悟りに到達できずに、嘘の悟りを求めて堂々巡りをします。 まず、生きるべきだという事が自らでっち上げた嘘なわけですから、それに対して後から付けた理由も全て嘘になるのは当然です。私が他人に教える悟りは、この大前提となっている嘘を排除します。このホームページに書かれている内容に納得してしまうと、私もあなたも生きるべき理由はないという結論に到達します。ここに書かれているのは、万人の求める作り話ではなく、誰も求めていない真実です。きっと読んで損したはずです。 |