さとりのしょ#1


注意!:書かれてあることは全て冗談です。信じてしまいそうな人はご遠慮ください。

はじめに

 このページでは、読んだ人を悟りの境地に至らしめることにチャレンジします。ココで言う「悟り」とは、古くから多くの人間が思い悩んできたような、人はなぜ生きるのかとか言う類の疑問に対する絶対的な答えであったり、なぜ人は悟りの境地へ至ることが出来ないのかという構造であったり、なぜ答えを求めるのかという心理であったりと、非常にシンプルで簡単な真理のことを示します。なぜこのような長い前置きが必要なのかは、悟りの境地に至ったときに理解できます。

 こういった話をすると、哲学だとか言われますが、そもそも私は哲学とは何を指しているのかもいまいちわかりませんし、哲学のつもりは一切ありません。また、宗教的だという人もいます。悟りの話をしたとき、哲学とか宗教とかに結びつけてしまうのはごく当たり前のことでしょう。なぜなら、悟りの境地に至ったとされる人は、宗教の教祖になったり、昔のえらい人として教科書に載ったりしているし、様々なフィクションで超常現象を起こしたり、神のようになんでも知り得ると表現されたりしているからです。しかし、私がこの場に書くのは、簡単でちっぽけな答えにすぎません。そしてその答えの意味を自分のこととして受け入れられるような、気持ちの切り替えの瞬間を、私は悟りの境地と呼んできました。悟りの境地に至っても、全然えらくないし超能力も身に付きません。私は神や仏を信仰する気持ちはありませんので、無宗教と言われる現代人の心理は良く理解しているつもりです。しかし、無宗教と呼ばれる人が神はいないと説法すれば立派な無神教であり、他人を自分の考えに賛同させようとする行為は全て宗教の勧誘と同レベルだと思っています。ココに書くことも、宗教の勧誘にあえて耳を貸すくらいの気持ちがないと、読めるような内容ではありません。

 答えというモノは非常にシンプルなので、理解するのに特別な勉強をする必要はないし、特殊な能力ではないので修行によって身につけるモノでもありません。ただし、悟りを求める人ほどに悟りには至りにくく、心理的にちょうど裏をついたような事実であるため、求める答えとは正反対の答えであってもそれを受け入れる寛容さは必要になります。よって、悟りを求める人に悟りを説いても受け入れられにくく、悟りを求めていない人に悟りを説いても雑音にしかならないということになり、悟りを他人に伝えるのは非常に困難です。その結果、悟りそのものではなく、悟った結果導き出した関連する答えのみが人の心を打ち、偉人の言葉として世に残ったりします。

 私はかれこれ10年ほど前、学生時代に悟りの境地に至りました。(悟りの境地に至ったなどと書くと、良識ある人には軽蔑されて当然です。そして、この軽蔑する心理は人間として生きるのに重要なファクターですから、ぜひこれからも怪しいことを言う人は疑って軽蔑してください。)一生涯かけても答えは見いだせないであろうと思っていたし、答えを知ることが出来たら死んでも構わないと思っていたので、その瞬間、あまりにも早々に私の人生最大の目標は達成されてしまいました。その日以降、私はまさに余生を送っています。明日死ぬと言われたら、今日中にやっておきたいことは何もありません。(逆に、明日生きてるなら今日中にやりたいことはいくらでもありますが。)せっかく至った悟りの境地についても、他人に広めなきゃもったいないようなモノでもありませんが、最初は感動を押さえきれずに親しい人には事細かく説明して回ったりしたものです。しかし、突然言われてもピンと来ないような話だし、誰も求めていない答えですから誰も感動させることは出来ません。インターネットで初めてホームページを作ろうとしたときから、常に悟りについては書くべきだと思っていましたが、なかなかどう書けば他人を悟りの境地に至らしめることが出来るかアイデアが浮かばず迷い続けてきました。10年という歳月の間、悟りというモノについての自身での認識はさらに深まって、以前よりは他人に伝えやすくまとまったと感じていますが、逆に悟る以前にどのような気持ちであったかを忘れてしまいそうです。悟っていない人に対して悟りを伝えるには、悟っていない頃の自分に教えられるようでないといけません。たとえ不完全な文章であっても、出来る限り多くのことを伝えるには、なるべく早く行動した方がよいと感じています。

 私の押しつけがましい説法に一番多くされされている被害者は嫁です。他人を悟りの境地に至らしめることは難しいと言うことを知っていますから、自分から悟りについて語ることはありませんが、嫁がたまに口走るどうでもいいような疑問には、ことごとく答えを出してきました。もちろん、知識がなければ知り得ない疑問については、知らなければ知らないと答えるしかありませんが、人は知識不要で答えの出せる簡単な疑問に、どうしても答えを出せずに思い悩む生き物ですから、そのたびに説法のチャンスは訪れるのです。そんな嫁を、最近私のおしつけがましい説法でマインドコントロール出来そうな手応えをつかみました。それもきっと、悟りというモノを説明する機が熟してきたと言うことなのでしょう。この機会に悟りについてはここに書き記しておこうと思います。

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